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IBDやIBD治療薬の妊娠への影響と妊娠を希望される場合に大切なこと
こんにちは。消化器内科医の今井です。
今回は潰瘍性大腸炎、クローン病のIBDの患者さんの多くが気にされており、質問を受けることも多い、妊娠・出産に関してお伝えしたいと思います。
――IBDの病気が妊娠に及ぼす影響は?
基本的にこれまでの研究結果で示されていることとして、潰瘍性大腸炎、クローン病の両方の患者さんにおいて妊娠のしやすさ、しにくさは一般の方と変わりません。
つまり、IBDの病気を持っていることそのものは特に影響がないということです。
しかし何らかの腹部の手術を経験されている患者さんは、手術の影響により炎症や癒着(ゆちゃく)という反応が起きますので、妊娠の確率が低下する可能性があります。
また、IBDは遺伝するかどうかということですが、確かにIBDの一部には遺伝の影響もあるとは言われていますが、全例がその影響を受けているとは考えにくく、環境要因や腸内細菌などの後天的な要素も病気の発症に大きく関与すると考えられいます。
――妊娠中にはどの薬剤を使用すればいいの?
5-ASA製剤のうちペンタサ、アサコール、リアルダはしっかりと継続していく事ができます。一方でサラゾピリンにはお母さんにとって大切な葉酸の吸収を阻害する可能性が指摘されていますので、可能な場合には他の5-ASA製剤への変更が望ましいとされています。
チオプリン製剤に関しては、現在では基本的には危険性は低いとされており、お母さんの病状によっては使用を継続する事ができます。これまでの長期のデータから、チオプリン製剤そのものが妊娠・出産・胎児に与える影響は、IBDの病状のコントロールが悪化することによる妊娠への影響よりも少ないと考えられています。それを踏まえて、消化器病学会のガイドラインでは妊娠中での使用が可能とされ、十分な管理のもとで使われています。
ステロイドは基本的には注意して使用を継続する事ができます。
生物学的製剤に関しては、特にステラーラ、エンタイビオなどの新薬に関してはまだデータが少なく判断が難しいですが、例えばレミケードやヒュミラでは使用を継続する事ができますが、妊娠の後半になった段階で一時的に中止する事が必要になります。それは、母親の血中薬剤濃度よりも胎児の血中薬剤濃度が上昇してしまうためだと考えられており、投与スケジュールの調整を行うことが推奨されています。
最近使用されるようになったJAK阻害剤と呼ばれる薬剤(ゼルヤンツ、リンヴォック、ジセレカ)については、妊娠中や妊娠を希望されている場合には使用することはできません。
実際の個別の患者さんにおいては、妊娠の際の病状や使用中の薬剤、またその薬剤同士の組み合わせなど、私たち医療者側は様々なことを考慮してIBDを患うお母さん方の治療計画を立てています。
また、男性側の不妊についても触れておきますが、IBDの病気そのものが、男性不妊の原因となることはありません。しかし、サラゾピリンは精子の数や運動能を低下させ、男性不妊の原因となりますので、他の5-ASA製剤への切り替えなどの工夫が必要となる場合があります。
――IBD患者さんが妊娠を希望される場合に最も大切なことは?
私たちが強調して患者さんにお伝えしていることは、「妊娠から出産まで無事に終えるためには、患者さん自身のIBDの病気の状態が落ち着いている事が大切」ということです。
いわゆる安定した時期(寛解期)に妊娠をされた患者さんにおいては、その寛解期を維持できた方は妊娠・出産の経過が問題ない事が多いです。
一方で、病状が悪化している(非寛解期)状態で妊娠された患者さんは、場合によっては妊娠・出産の経過が悪くなる可能性があります。例えば予定より早めに産まれてしまう早産や、産まれてくる赤ちゃんが十分に発育できていない低体重、また時には赤ちゃんが亡くなってしまうこともあります。
つまり赤ちゃんが無事に産まれてくるためには、お母さんの病状をしっかりと落ち着かせる事が大切なのです。
時に妊娠がわかると使用中の薬剤を自己判断で中止にしてしまうIBDを患っているお母さんがいらっしゃる事があります。赤ちゃんへの影響を心配されての行動なのですが、逆にそのことによりお母さんの病状が悪化してしまい、最終的に赤ちゃんへの悪影響に繋がってしまいます。
このようにして妊娠がわかった最初の段階から、産婦人科の医師と共同で安心して妊娠・出産できるように日々取り組んでいます。
その他不明点があればお気軽にコメントください。