専門家の記事

IBDと経腸栄養剤を理解しよう
こんにちは、ジーケアの杉原です。
今回は、IBDの中でも特にクローン病の栄養管理で重要になる経腸栄養剤について解説します。
経腸栄養剤の基本的知識から、なぜ経腸栄養剤がクローン病にとって重要なのかご紹介したいと思います。
IBDにおける経腸栄養療法のポイント
・経腸栄養療法は、クローン病の寛解導入・寛解維持に有効
・小児IBD活動期では、特にExclusive Enteral Nutritionが有効
・成分栄養剤の飲用方法に注意
(1)経腸栄養剤とは?
栄養補給をする方法は、消化管を用いる“経腸栄養”と血管に投与する“経静脈栄養”に分かれます。
栄養補給法は消化管が安全に使用できるかどうかで決定され、活動期で炎症がとても強い場合は経静脈栄養により栄養を投与します。一方、寛解期などで消化管の使用に問題がない場合は、経腸栄養を選択します。
経腸栄養剤とは、経口あるいは経鼻チューブなどを用いて投与する栄養剤になります。経腸栄養剤は、構成される栄養成分により、(1)濃厚流動食、(2)半消化態栄養剤、(3)消化態栄養剤、(4)成分栄養剤に分類されます。
天然濃厚流動食は食品の取り扱いになるので、ドラッグストアなどで簡便に手に入りますが、成分栄養剤と一部の消化態栄養剤、半消化態栄養剤は医薬品扱いになるので、医師からの処方箋が必要になります。
各栄養剤の特徴を以下の表にまとめました。
(2)IBDは経腸栄養療法が必要なの?
IBDにおける経腸栄養剤を用いた栄養療法は、炎症の抑制および再燃を予防するために用いられます。
潰瘍性大腸炎とクローン病で推奨される内容が異なりますので、個別にご説明します。
1)潰瘍性大腸炎
欧州の静脈経腸栄養学会および日本消化器病学会のガイドライン(1)では、潰瘍性大腸炎の活動期では、栄養療法(経腸栄養・静脈栄養)に寛解導入効果がないため、寛解導入のために栄養療法を積極的に行うことは適切でないとされています。
急性期で消化管を利用するのが困難な場合は、静脈栄養を用いることはありますが、寛解導入のために栄養療法を行うことは推奨されていません。
また、潰瘍性大腸炎の寛解期では、経腸栄養剤の有効性を評価した研究が存在しないため、潰瘍性大腸炎では活動期・寛解期ともに経腸栄養剤による栄養療法はほとんど行われていないのが現状です。
2)クローン病
クローン病では、経腸栄養剤を用いた栄養療法が寛解導入および寛解維持に有効であり、日本消化器病学会のガイドライン(2)でも経腸栄養療法が治療の一つとして推奨されています。
経腸栄養剤を用いた栄養療法として、以下の2通りの方法がよく用いられています。
1)排他的経腸栄養療法(Exclusive Enteral Nutrition; EEN)
食事を絶食にして経腸栄養剤のみからエネルギーを摂取する方法
2)ハーフED(Elemental diet; ED)
一日のエネルギー必要量のうち、食事と成分栄養剤から半分ずつ摂取する方法
特に活動期の小児クローン病患者では、EENの栄養療法がステロイド投与と同程度の寛解導入効果があったことが確認されています。
また、EENが腸管の粘膜治癒にも効果が見られたことから、小児クローン病患者では優先度の高い寛解導入の治療法とされています。(1)
一方、成人のクローン病患者においても経腸栄養療法が効果的と報告されていますが、ステロイド治療と比べるとやや劣ることが示されています。(3)このため、欧米では積極的に経腸栄養療法が選択されることはないと言われています。
しかし、日本における研究では成分栄養剤を用いた経腸栄養療法が寛解導入および寛解維持に有効であると報告されており、ガイドラインでも治療の選択肢の一つとして示されています。(2)
成人クローン病患者では、食事指導のみをした患者さんに比べて、ハーフEDで治療した患者さんで寛解維持率が高いことが示されている(4)ことから、1日のエネルギー摂取量の半分を経腸栄養剤から摂取することが推奨されています。
成分栄養剤を用いた経腸栄養療法は、他の薬物療法などに比較して安全面で優れていますが、患者さんが治療を中断するケースが多く、アドヒアランスが低いことが問題視されています。(1)
日本では成分栄養剤が第一選択肢として使用されますが、海外では半消化態栄養剤がよく使用されています。半消化態栄養剤は、構成成分が食事成分に近いことから、経口摂取は容易といわれています。
メタアナリシスでは、成分栄養剤と半消化態栄養剤では寛解導入効果に差がないことが報告されているため(3)、患者さんの治療の受容性や嗜好などを考慮して、用いる経腸栄養剤を個別に選択しているのが現状です。
現在、抗TNF製剤などの薬物療法と経腸栄養療法を併用することによる治療効果を検証する臨床研究が行われており、今後の研究結果が期待されています。
(3)何で成分栄養剤がクローン病に効くの?
日本では成分栄養剤として、エレンタール®(EAファーマ株式会社)が広く利用されています。なぜエレンタール®がクローン病の寛解導入や寛解維持に有効なのでしょうか?
残念ながら、その明確な理由はわかっていません。しかし、成分栄養剤の特徴である以下のことが治療に有効的なのではないかと考えられています。
1)脂質をほとんど含まない
クローン病の病態に脂質の摂取量が関わることが古くから言われており、成分栄養剤の摂取による脂質の制限が有効なのではないかと考えられてきました。
しかし、上記に述べたように成分栄養剤と半消化態栄養剤では治療効果は同じ程度と報告されていますので、本当に脂質が影響しているかは明らかにされていません。
2)窒素源がアミノ酸で構成されている
半消化態栄養剤などは窒素源として主にたんぱく質で構成されていますが、成分栄養剤はアミノ酸で構成されており、消化する必要がありません。
最近の研究により、様々なアミノ酸が免疫細胞や腸管上皮細胞、腸内細菌叢に作用し、炎症や腸管バリア機能を制御することが明らかにされています。また、たんぱく質と異なり、アミノ酸は抗原性も示さないことも、炎症の制御に関与しているのではないかと考えられています。
成分栄養剤は通常の食事とは成分が大幅に異なるため、単一の成分が効いているというのを証明するのは非常に難しいです。
実際は、ハーフEDによりバランスの悪い食事を摂る機会が減る、というのも成分栄養剤が有効である理由の一つかもしれません。
このように、成分栄養剤を用いた栄養療法は、色々な条件が重なり合い、クローン病の病態に効いているのではないかと考えられます。
また、成分栄養剤は栄養素がバランス良く配合されていますので、栄養状態を改善するという意味でも重要な治療法の一つになります。
(4)成分栄養剤ってどうやって飲めばいいの?
次に成分栄養剤(エレンタール®)を摂取する方法をご説明します。
エレンタール®は粉末状で処方され、水に溶かした後に1)経口摂取、あるいは2)経腸栄養ポンプと経鼻チューブを用いて直接的に胃に投与する方法があります。
1)経口摂取方法
成分栄養剤は、消化する必要ないように各栄養成分が分解された栄養素が含まれています。そのため、半消化態栄養剤などとは異なり独特な味・匂いがするのが特徴です。
そのまま飲むことは困難なため、フレーバーを用いるのが一般的です。
現在は、フルーツ系やコーヒー、ヨーグルトなど様々なフレーバーが用意されています。薬局でお願いすれば好きなフレーバーを準備してもらえると思いますので、自分に合ったフレーバーを見つけましょう。
また最近は、ゼリーミックスやムースベースなどもあります。ゼリー状にすれば独特な味や匂いも緩和されますので、液体では飲むことのできない人は是非試してみるといいと思います。
2)経管栄養により服用する方法
エレンタールの独特の味が合わない、あるいは一日に3-4包(900-1200mL)も飲めないという人は、経腸栄養ポンプと経鼻チューブを用いて胃に投与する方法もあります。
この方法では、経腸栄養バッグと経腸栄養ポンプ、経鼻チューブをつなぎ、寝ている間に一定量ずつ(100-150mL/時)入れるのが一般的です。
最初は鼻からチューブを入れるのに抵抗感が強い場合が多いですが、慣れてくると夜間で寝ている間に必要なエネルギーを摂取できますし、習慣づけたら経口摂取より継続しやすいと思います。
経腸栄養ポンプはレンタルする、必要な経腸栄養バッグなどは病院から処方されるのが一般的ですが在宅成分栄養経管栄養法指導管理料などの診療報酬で必要になります。病院によって異なりますので、詳しくは担当医の先生に相談してみましょう。
(5)成分栄養剤を摂取するうえでの注意することは?
最後にエレンタールを経口から服用する際の注意点をご紹介します。
1)作り置きしない
エレンタールは、ほとんどの栄養素がバランス良く配合されています。しかし、栄養豊富なことによって、微生物も繁殖しやすくなります。
エレンタールの添付文書には、調整後12時間以内に服用するように記載があるため、作り置きしないよう注意しましょう。
2)一気飲みしない・冷やしすぎない
エレンタールは浸透圧が高いため、一気飲みや冷やしすぎたものを服用すると、吸収率が下がり下痢になる可能性もあります。
また経管栄養法でも、あまり早すぎる速度で注入すると同様の危険性があります。
体内に吸収されなければ服用する意味がありませんので、服用後の症状を見ながら、自分に適した服用法を見つけましょう。
3)お湯で溶かさない
エレンタールに含まれるアスコルビン酸(ビタミンC)とニコチン酸アミド(ナイアシン)は、高温の水溶液中で分解が進行するため、水かぬるま湯で溶かすようにしましょう。
以上、IBDにおける経腸栄養療法についてご紹介しました。
エレンタールの実際の服用方法などは、こちらに詳しく解説されていますので、もし興味があればご参照ください。
https://www.eapharma.co.jp/patient/products/elental/
現在もクローン病における経腸栄養療法に関する臨床研究が進んでいますので、何か新しい情報がありましたらジーケアで随時更新していきたいと思います。
参考文献
(1)Forbes A, Escher J, Hébuterne X et al. ESPEN guideline: Clinical nutrition in inflammatory bowel disease. Clin Nutr. 36(2):321-347, 2017.
(2)炎症性腸疾患(IBD)診療ガイドライン2016、日本消化器病学会(編集)、pp.41-42、南江堂
(3)Akobeng AK, Thomas AG. Enteral nutrition for maintenance of remission in Crohn's disease. Cochrane Database Syst Rev. 18;(3):CD005984, 2007
(4)Takagi S, Utsunomiya K, Kuriyama S et al. Effectiveness of an 'half elemental diet' as maintenance therapy for Crohn's disease: A randomized-controlled trial. Aliment Pharmacol Ther. 1;24(9):1333-40, 2006.
執筆: 杉原 康平(栄養学博士、管理栄養士)
監修: 宮﨑 拓郎(公衆衛生学修士(栄養科学)、米国管理栄養士)、堀田 伸勝(消化器専門医・医学博士)