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こんにちは、消化器内科医の今井と申します。今回は少し趣向を変えて先日出席した学会の報告をさせて頂きたいと思います。先週末の1月21-22日に「日本無菌生物ノートバイオロジー学会」が行われました。


「無菌生物」という言葉はあまり聞きなれないかと思いますが、一体どのような意味なのでしょうか?


腸内細菌の研究の経緯とその中で無菌生物(無菌マウス)の重要性、そしてどのように研究につながるのかを少し噛み砕いて紹介できればと思います。


ーー腸内細菌研究の発達


ヒトの腸内には約100兆個の細菌が存在し、共生していると言われています。このような事実は実は最近になって分かってきたことです。

 

2000年半ばに次世代シークエンサーという遺伝子情報を網羅的に読み解く技術革新が行われてから、腸内の細菌群の遺伝子情報を大量に網羅的に読み解けるようになって判明しました。

 

すると、興味深いことに、肥満や糖尿病、高血圧、そしてIBDなど多岐に渡り、疾患特有の腸内細菌叢が存在することが分かってきて、多くの論文が報告されました。


そして、そのような特有の腸内細菌叢の乱れが宿主であるヒトの病態に影響を与えているかもしれないと考えられるようになりました。


では、その腸内細菌と病気の関係をどのようにしたら解明できるのでしょうか? そこで、注目されたのが、「無菌生物」、具体的には「無菌マウス」です。


ーー無菌生物(無菌マウス)の登場と腸内細菌研究へのインパクト


無菌マウスとはまさに読んで字のごとく無菌環境で生まれた時から飼育されたマウスであり、腸内には細菌が一つもいません。そういった無菌状態の腸管には投与された細菌が生着するという特徴があります。

 

そこで、とある疾患に関連すると遺伝子情報で明らかになった細菌(例えばX菌とします)があるとしたら、そのX菌のみを無菌マウスに投与することで腸管内にはX菌しかいないマウスが完成します。


すると、不思議なことにその疾患を発症してしまうといった現象が度々みられるようになりました。また、時には、その疾患の患者さんの糞便を丸ごと無菌マウスに投与することで、患者さんと全く同じ腸内細菌叢をもったマウスが完成してしまうのです。


このような実験系を用いることで、飛躍的に「腸内細菌叢と疾患の関連」が理解されるようになりました。

 

日本無菌生物ノートバイオロジー学会はまさにそのような学問の研究が数多く報告されるところです。


ーーがんと腸内細菌


今回、その中でも、最も注目されていたものの一つは、「がんと腸内細菌」です。善玉菌と考えられている一部の細菌のサプリメントががん免疫に働きかけ、抗ガン剤との併用効果を上げることが報告されました。(Nat Med. 28(4):704-712, 2022.)

 

このように今後益々、腸内細菌叢の研究の重要性がクローズアップされていくと思われ、近い将来治療手段にも用いられていくと考えられます。


ーー終わりに


さて、そのような中で、私もクローン病の腸内細菌に関する研究報告を行って参りました。そして、幸いなことに学会賞を頂くことになりました。

 

IBD領域には、ここ数年で数々の生物学的製剤が登場し治療選択が増えてきましたが、まだまだ根治には至らない病気です。

 

さらにいえば、なぜ発症するのかも完全には理解されていません。

 

そのような中、日々、日本中、世界中の医学研究者によってその問題の解決のために着実に研究が一歩一歩進んでいます。それは皆様の日常の生活の中ではあまり感じられないかと思います。

 

ですので、今後もこのような学会報告という形で、腸内細菌やIBD研究の進歩をお伝えできればと考えています。どうぞよろしくお願い致します。



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